最後のディズニープリンセス

インターネットのうわさによると、一番最後のディズニープリンセスは全てをさらさらなものにするそうです

ヤンデレ女小説

これは嘘の文章ではあるが、だから何だというのだろうか?


それは恐ろしく巨大な商談だった。私は滋賀県甲賀市で手裏剣を製造していた。私の年収は一般的な日本のサラリーマンの約半分だったが、私が暮らしていく上で必要な金銭は更にそれの半分で事足りた。水は川から、火は薪から、食べ物は畑から取ることができた。手裏剣製造業を継いだのは父が死んでから3日後のことだった。遺書にそう書かれていたからだった。私は手裏剣を作る以前は、東京で『死んでいる蛙』というバンドをやっていた。そのバンドはGodspeed You! Black Emperorに多大な影響を受けたポスト・ロックバンドで、しかし私と2人のギタリストはポスト・ロックがなんなのかも理解していなかったし、気にもしていなかった。私たちはとにかくギターだけをかき鳴らしていたが、致命的にすぎる欠陥としてドラムを叩ける人間が存在していなかった。全くもって商業的にも、非商業的にも失敗していた。父の遺書は辞めるのにうってつけの理由になった。父は親切にも手裏剣製造の工法を細かく、分かりやすい方法で私に残してくれていた。特に父から家業を継がせようという意識を感じてこなかった私にとってこれは驚くべきものだった。すぐにコツを掴んだ私は、手裏剣産業全体で見ればささやかな成功を納めていると言えた。

 

転機が訪れたのは私が家業を継いでから6年後のことである。東京電力から電話がかかってきた。話はこういうことだった。あなたの手裏剣の構造は工学的に、従来のタービン発電機の10倍の効率で発電することのできる代物である。あなたは自身の手裏剣を特許に申請しているため、この権利を買い取らせて欲しい。承諾していただける場合、そちらに白紙の小切手を渡す。どのように書き加えていただいても構わない。

 

私はすぐに承諾の旨を伝えると、12時間後にはウェーブがかった栗色の髪のパンツスーツの女性が私の家に来た。明らかに、大学を卒業して重役としての出世街道を突き進むエリートだった。なにより、私よりも身長が高かった。私はその姿に身震いするとともに僅かな嫌悪感を発露させた。彼女は約束通り私に小切手を手渡した。「期限はいつまでですか」と尋ねると、「無期限です」と容姿に合致した少し低めの声で返答した。今書く気にはならなかった。私は感謝の意を伝え、扉を閉めようとしたが、彼女は恐ろしい速さと力でそれを遮った。「上がらせていただきます」とあまりに図々しい態度で彼女は私の家に上がり込んだばかりか、私の部屋の掃除をし始めた。なぜか彼女は床に散乱しているあらゆるもののあるべき位置を完璧に理解していた。高速で掃除を終わらせると、彼女は真っ先に壁に立てかけられたアナログ時計に向かい、針を取り外した。針の回転の中心部分を摘むと、何かを取り出して、握りつぶした。私はいまになってようやく踏みこんではいけない場所に足を踏みこんでしまったことに気づいた。

「これで安心です」

「何がですか」

「つまり、少なくとも、急性疾患等を除いて、あなたの健康状態が突発的に著しく損なわれることはないということです」

今や私の関心は、いかにしてこの女を可及的速やかに帰宅させ、小切手を燃やし尽くし、金輪際東京電力との一切の関係を断つかということだった。不意に、脳裏に東京での暮らしが思い出された。私たちはあまりにもその日暮らしだった。ドラッグが抜けきらぬままライブハウスで2時間演奏したこともあった。演奏が終わる頃には私たちは全員3回は射精していた。つまるところ、私は死を間近に感じ、一種の走馬灯を見ていた。

カチャ、という金属音で、私の意識は目を覚ました。直感的に死を感じ取った私は玄関へと全速力で駆けた。しかし中年の私には全力で走るなどとうの昔に不可能なことになっていた。私はすねを障子で強打し、態勢を大きく崩し、重力が私を床に叩きつけた。あまりの激痛に思考は停止して、ただ真っ白な世界が広がっていた。「大丈夫ですか」という声で私は息をすることを思い出し、ここから逃げなければならないことを思い出した。しかし、彼女の真っ黒な目が私を覗き込んでいた。逃げ場などないのだ。もう身動きひとつ取れなくなっていた。蛇ににらまれた蛙とはこのことだな、と思った。実際はもっと酷かった。なぜなら私は『死んでいる蛙』だったからだ。「好きにしてくれ」と私はつぶやいた。抵抗の気力はなかった。視界の端にギターが映る。これをずっと見ていることにしようと決めた。死ぬその時まで、東電風に言えば突発的に著しく健康状態が損なわれるその時まで、このギターだけを見て、考える。「本当にいいのですか」と彼女は訊いてきた。不快な女だ。唐突に、私は自分を殺す相手の名前は知っているべきだという格言を思い出した。「そういえばまだ訊いていませんでした。あなたのお名前を教えていただけませんか」それを聞くと何故だか、彼女は目を見開いた。体が痙攣して少し内股になっている。......まさか、この女は絶頂(イッ)ているのか? にわかには信じがたいことだが、しかしこの女は東電に勤めている。頭が狂(イッ)ていても何ら不思議ではなかった。放射線は脳に作用し、異常性癖を生み出す。そのようにして偉大な科学者の何百人、ノーベル賞受賞者の何十人かが生み出された。彼らは月に一度非常に精密な作業によって扁桃体のある部分にだけ50ミリシーベルト放射線を照射される。2年が経過すると扁桃体の活動は一般に30%から50%ほど低下する。ここで脳はその驚くべき能力を我々に披露してくれる。脳は、その低下した扁桃体の活動を補うようにして、ランダムに他の脳機能の活動を活発化させていく。彼らはしばしば共感性を中程度に失い、奇行に走り、異常な性癖を獲得し、一般的な人と比べて精神病になる確率が3倍に跳ね上がるが、人類でも最も偉大な知性を獲得する。昨今、日本の科学の衰退への警鐘が頻繁に鳴らされているのはこうした側面がある。つまり、東日本大震災の影響で我々はいまや天才の作製が困難になったという側面だ。いずれにしろ核が私たちに味方しているのは今だけの話で、いずれ核の炎が野を焼き山を焼き人を焼き罪を焼き、とにかく何もかもを焼いて、灰と灰が灰になり、そうしてできた灰がまた灰へと戻り、その灰はまた灰を形作る。つまるところ惑星prefuse-73みたいな感じになって一件落着だ。そんでまたいくつかのことをやり直してヒト的な何かが生まれるのかもしれない。我々以前の人類はそのような足取りを辿ったのだろう。そして我々もそうする。その第一歩として私は死ぬ。この女に殺されるのだ。正確には東電に。G7に。アインシュタインに。アインシュタインは脳放射線治療以前の天才だった。この女は脳に放射線を受けているんだろうか。恐らく受けているのだろう。

「アリスです」

「なんですか?」

「私の名前です。アルバート・愛美・アリス」

アルバート!  なんだとこの女。女の顔を今一度よく見た。完全に日本人の顔ではない。つまりなんだ?  こいつはアルバート・アインシュタインのひ孫かなんかか?  ちくしょうが。つまりアインシュタインは原爆がどうのこうのと言いながらちゃっかり遺伝子を撒きに来てたってわけだ。

「あの」

「なんですか?」

「アリスと呼んでくれますか?」

「アリス」

女は顎を最大まで上に向けて痙攣した。絶頂(イッ)ていた。私にはもう恐怖はなかった。股間に水気を感じる。私は少し勃起した。それだけの余裕があった。私は達成感に包まれた。私には今にも自分を殺すだろう女で欲情できるほどの余裕があるのだ。これなら天国の父にも顔向けできる。

女、いや、アリスの腕が私の手首を床に押さえつける。股の間にアリスの両足が入ろうとする。私は抵抗することなくゆっくりと足を広げる。私はアリスを受け入れる。股間を撫でられる。今や私は最大まで勃起している。アリスは撫で続ける。

「キスしていいですか」

「うん」

ズボンがつたない動きで脱がされていく。パンツを脱がされる。陰茎が露出する。アリスもズボンを脱ぐ。ベルトはいつの間にか外していた。パンツを脱ぐ。ちらっと見えた股に陰毛は全く生えていなかった。

「キスします」

「うん」

「好きです」

「うん」

唇をふさがれる。髪が顔にかかる。甘い匂いが香る。言っただろ。こいつらは異常性癖なんだ。戦場では死体も立派に娼婦として機能する。死んでいる蛙だってそうだ。舌が口内へと侵入してくる。唾液を流し込まれ、歯をこそぐようになめられ、舌を吸われる。舌と舌が絡み合う。互いの性器を激しくこすりつけあう。大きくやわらかな胸が私の胸で押しつぶされる。私の足にアリスの足が絡みつく。指と指が固く繋がれる。私は少なからず、アリスの、あるいはアリスへの愛情を感じた。つまるところこれが彼女の流儀なのだろう。愛で殺す。正しい順番で。抱く、その後に殺す。私は永遠に欲求の大部分を満たし続ける。睡眠欲と性欲。彼女の愛に胸打たれた私は、できるだけ勃起し続けようと腰に力を入れる。死後硬直が私の陰茎を永遠に勃起させ続けられるよう。彼女が私で楽しめるよう。彼女が私の愛を感じ取れるよう。何かが過剰に分泌されているのが分かる。脳が痺れる。頭を搔き抱かれる。私は精一杯射精した。一生懸命に。それが彼女への私なりの敬意の表し方だった。彼女は緩慢に顔をあげた。両手で頬をやさしく包む。何度も私の顔に短いキスを落とす。愛を囁く。私はもう死んでもよかった。彼女は涙を流していた。「私、あなたと一緒になりたい......」彼女は本当に泣き出して、私の胸に顔を埋めた。私は彼女の頭を撫で、背中をさすった。

「私、あなたのファンだったんです。覚えていますか? 三度目のライブのことです。あなたはまだ幼い私に切れた弦をくれました。あなたは私が普通の子ではないことに気づいていたのだと思います。あなたは今みたいに私の頭を撫でて、家に来る? と訊きました。私はうなずいた。それからの日々は私にとって初めての幸せな日々でした。おいしくてあったかいご飯。あなたのギター。いつも悪夢で目が覚めると、あなたは私をやさしい眼差しで見つめていて、私は本当にその時初めて安心というものを感じたんです。眠るときに寒くないのは初めてだったんです。あなたが私に気を遣って外でたばこを吸うのを窓から見つめるたびに、胸が熱くなって、きゅうきゅう締め付けられました。ねぇ、お兄さんと呼んでもいいですか。あの時のように......」

私がまだ20代の前半だったときだ。ライブハウスの帰り道に小さな女の子が立っていた。少女は私に気がつくと、走り寄って、たどたどしくもライブの感想を伝えてくれた。彼女の体は汚れて異臭がした。私はいてもたってもいられなくなり、その子を家に連れ帰ったのだった。当然の帰結としてそうした生活が長く続くはずもなく、市民の目は警察の目であり、1か月と経たずに警察が少女を保護し、私は幸運にも児童誘拐の罪に問われることなく、日々を送っていくことが許された。

「あなたに会うためだけに私は生きてきたんです。あなたが私の全てだったんです。あの後家に帰された私がどうなったと思いますか。両親はお金欲しさに私を非合法な実験の実験台として東電に売ったんです。そこでは脳に放射線を浴びせるんです。頭にはずっと電極がつけられっぱなしで、仲良くなった子もほとんどは被曝で死にました。生き残った子達もみんなどんどんおかしくなっていくんです。自殺衝動に駆られる子もいました。その子は四肢を切り落とされて高性能な脳としてのためだけのものになりました。異常に暴力的になる子もいました。その子は東電がさらったホームレスを何度も何度も殴って、嬲って、男も女も構わず屍姦するんです。そして最後に、脳にペニスを挿入して、「お前らのようなクズの脳は俺のオナホールぐらいの価値しかねぇんだ」と叫んで射精するんです。その子は今はアメリカの大学で素粒子論をやっているそうです。私は本当に怖かったです。みんなおかしくなっていく。そんな時はあなたのことを考えました。そうするとよく眠れるし、心があったかくなるし、輪姦(マワ)されたときだってちっとも苦しくありませんでした。あなたに純潔を捧げられなかったのは確かに死ぬほど悔しかったけど、あなたが慰めてくれる様を想像したら、まるで、悲劇のプリンセスのような気分に浸れて、それで絶頂(イッ)てしまうんです。天才になったくせに馬鹿な男達は私が彼らのペニスで感じていると勘違いしていたみたいですけど。でも、私はあなたに相応しい女性になりたくて、そういうのも我慢してたんですよ? けどそいつらみんな、睾丸を潰してやったんです。私を孕ませようとしてきたんです。処女膜まではぎりぎり許すにしても、子宮だけは絶対にあなたに捧げると決めていましたから、調子に乗った罰です。あぁ、お兄さん、あの時と変わらない。同じ匂いがします。気づいていましたか? 私お兄さんと暮らしていた時何度もお兄さんと一緒に眠ったベッドで自慰をしていたんです。お兄さんの凛々しい寝顔を見ながらの自慰は、本当に、ほんっとうに最高なんですよ。お兄さん。好き。全部好き。お兄さん。大好き。愛しています。愛しています」

彼らは月に一度非常に精密な作業によって扁桃体のある部分にだけ50ミリシーベルト放射線を照射される。2年が経過すると扁桃体の活動は一般に30%から50%ほど低下する。ここで脳はその驚くべき能力を我々に披露してくれる。脳は、その低下した扁桃体の活動を補うようにして、ランダムに他の脳機能の活動を活発化させていく。彼らはしばしば共感性を中程度に失い、奇行に走り、異常な性癖を獲得し、一般的な人と比べて精神病になる確率が3倍に跳ね上がるが、人類でも最も偉大な知性を獲得する。

「お兄さん。大好き。愛しています」

この女は脳に放射線を受けているんだろうか。恐らく受けているのだろう。

「だから、お兄さん。あぁ、お兄さん。お兄さんを」

 

私はもう死んでもよかった。

 

 

 

「殺すわ」